海馬。
頭は、もっといい感じで使える。
頭、脳のことって、かなり思いちがいが多かったみたい。
頭がいいとか悪いとか、脳細胞はどんどん減っているとか、
知ったことで、逆にソンしてることがあったみたい。
ほんとうは、
脳のこと、頭について知ると、もっと自信がつくし、
もっとやれることが増えていくんです。

池谷裕二さん(東京大学薬学部)を水先案内人に、
脳を知り、毎日をいきいきさせていく方法を、
いっしょに考えていきましょう。

第45回 真実はピンで止められない





(※先週のつづきの対談をおとどけしています)


池谷 「科学」というと孤高の人、
たとえば……
ニュートンとか
ダーウィンとか
アインシュタインなどの
イメージが、一般には強いみたいですが、
でも、こうした
「各個人で
 真実と向きあえばいいじゃないか」
というのはたぶん古い科学の見方で、
膨大な資金や高度な技術を扱う
現代科学の研究は、ひとりだけで
遂行できるものではないですから。

真実というものがあって、
科学はそれに向かっているにも関わらず、
真実に対して立てる仮説というのは、
なぜか自然と
いくつも出てくるのもおもしろいです。

つい十年ぐらい前なら
そこでどちらが正しいのか
厳しく論争するのですが、
最近の研究者たちが
認知しはじめたことのひとつは
「科学的にも、真実は
 ひとつではないのではないか」
というところでして。
糸井 おもしろいなぁ。
池谷 古い例ですが
「光は波でもあり粒でもある」
ということがあるわけです。
脳は特にそういうことが多いんです。
「キミたちはみんな正しい。
 だけど表面的にはみんなまちまち」
みたいな真実というものがあるんです。
俯瞰して見ると
ぜんぶおなじことをいっていたんだと
認める「統合」という言葉を、
近年の動向として
研究者は好きなんですけれども、
いわゆる古典的な意味での
統一理論ではなくて、
いろんな立場を認めるみたいな動きが、
出てきていますね。
糸井 真実は固定的に
ピンではとめられない
ということですよね。
池谷 特に、脳は動いてなんぼの世界です。

自分を書きかえうるというのが
脳の特徴的な性質で、
人も可塑性でなりたっているという話を
『海馬』でしたおぼえがありましたけど、
その書きかえが進むと、
書きかわった時点からも
自分を書きかえつづけるわけですよね。

当然、環境も変わるから
その影響も受ける……。

単純線形な可塑性の法則が
なりたたなくなるというか、
絶対に同じ状態に戻らないほど
変化するわけです。
糸井 その意味では、
それまで独身だった池谷さんが、
結婚とほぼ同時にアメリカに行った、
というのもおおきいでしょう。
池谷 おおきいですね。
妻が科学とは無縁なことが、
ぼくにはすごくおおきかった。

研究なんて
いつも順風満帆とは
かぎらないわけですよね。
だからどうしても
壁に当たることがあります……

ぼくは家で仕事のグチはいわないし
脳の話もしないのですけど、
妻とふつうの話をするということが、
すごくよかったんです。
妻には感謝しています。
糸井 仕事のことを家で話しすぎると、
なんだか自分の居る場所が
なくなるような気がしますから。
どこが「自分の生活」なのか
見えなくなっちゃう。
仕事は大事なものだけど、それでもね。
池谷 はい。
『海馬』の読者には
「いいですね。
 奥さんはいつも脳の話がきけて」
とおっしゃる方もいますが、
とんでもないです。
ふだんは音楽の話、絵の話、
料理など脳以外の話ばかりです。

避けているわけではないんですが、
無意識にしていないんですね。
たまに妻が脳について
誰かと話す現場にいあわせると、
「へえ、脳の話、できるんだねぇ」
と……それが本職なんですけど。
糸井 しかも、
その「誰か」と奥さんでは、
「誰か」のほうが
熱心に脳の話を聞いていませんか?
池谷 (笑)正解です……。
糸井 (笑)うちもそう!
キリストみたいな人でさえ、
やっぱり故郷では
受けいれられないんですものね。
「市場の動向がどうのこうの」とか
食事中に奥さんに教えてる
ビジネスマンとか、ヘンだもんね。

そうなると、
何が大事なんだ?
という話にもなりますよね。
仕事仲間に重要な話としていうことを
家で伝える機会がないんだったら、
「大事」の局面が
変わってくるといいますか。





連載は、来週につづきます。
あなたが脳について池谷さんにききたい話や、
『海馬』の次の単行本で話してほしい問題や、
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2005-06-13-MON

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